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ドラマ「コウノドリ」を見て [ドラマ]

昨日家族とともに見ていたドラマ「コウノドリ」が最終回を終えました。

僕は医療系や警察系のドラマがやはり気にかかってしまうらしいです。

医療への志向は中学の時に、医者に向いているという担任の先生の
アドバイスがあったお陰です。

ガッツリ言われた、母のお金がかかり過ぎ!というお叱りに
凹んでしまったというのは、残念

警察系はもちろん父が警察官だったことに由来するのでしょう。

父は腕一本で警備課から公安課の参事官まで登りました。
県の機動隊長までやって、数々の武勇伝を息子たち3人に
吹き込むのが楽しそうでした。

家の空気はそうだったのだけれど・・・
僕の生来の気質は風来坊だったのでしょう。

中学・高校・一年の浪人を経て、横浜の大学まで
なにをしたらいいいのかわからなかったけれども
自分のやりたいことは、全てやったと思ってます。

ベースとなった考え方は、なぜ人にとって昔から
残っているものがあるのだろう?という疑問でした。
それが、聖書の研究、クラシック音楽へ、のめりこむ原因でした。

高校まで、ある程度というか、きつい失恋も経験したし
大学に入って、最初のアルバイトは、父経由の地元の税務署での
確定申告の手続きを終えた人や会社への住所書きのアルバイトでした。

そこで、経験したのは仲が良くなった税務署の若い署員の人たちとの
交流が楽しくて泊まりこんで一緒に飲んり音楽を聞いたりもあったけど
アルバイトの人達のほとんどは、女性でした。

バイトが終わりそうな頃の飲み会で、部長の肩書の人の女性に対する
パワハラを見て、理詰めで抗議して、土下座までさせました。
怖い物しらずも、いいところ・・・(^_^:

また、話がずれました、自分の悪い癖らしい。

今節のドラマで好きになったのは
1位ー下町ロケット
2位ーコウノドリ
3位ーとりあえず、毎日録画見てました、まあ不完全だけれど
香里奈さんや石原さとみさんのドラマも見て、なかなかいいなと思いました。

本題はここからです。

コウノドリをずっと見てきて、自分のことをどこかで書こうと思っていました。
今生きていれば、僕には27歳の長男がいます。

彼が亡くなった理由は心臓に抱えた先天性の障害のためでした。

最初はファロー四徴の疑いありと言われ、心臓の雑音が酷い
といわれ、なんとなく、生れてから誰もが不安をかかえるような挙動のある子でした。
すごく、呼吸が早くて、おなかの上下動が辛そうに見えるのが、他の子と違いました。

生まれてから28日目、春分の日の祝日でした。
僕は、休日にも関わらず、少し離れた街のお客様との約束で
仕事をしていました。

仲の良かったお客さんの担当の人に、今自分の息子はちょっと難しい
状態ですと、伝えてありました。

仕事の途中で、僕にという電話に出ました。
相手は、何をいっているかよくわからない奥さんの鳴き声でした。

なにか、あったらしいと告げてお客さんに頭を下げて
高速道路に乗り、まっすぐに病院へと向かいました。

高速の窓から見えた光景はなんとなく忘れられない
真っ青な空に、白い雲、とんびみたいな鳥がゆっくり飛んでいました。

病院について、言われたのは看護婦さんの一言
ああ、やっぱりお父さんのこと待っていたんだね

僕は息子の紫色になった体を見ながら
鼻に通した呼吸器の丸い息を送るための道具を握らされましたが
あ、逝ってしまう、駄目だ・・・逝くな!という場面にいきなり出くわしました。

僕の最初の子が戦ったものは、心臓の欠陥でした。

担当の先生に言われました。
この子は一生分の呼吸と心臓の鼓動を全うして
立派に生きました、と

・完全型大血管転移症
・動脈管開存症
・心室中隔欠損症
・心房中隔欠損症
・右心室低形成

先天性心疾患による心不全

心停止まで発病後 2時間
心不全の発病後  10日
生きた日数    28日間

息子が天使になった日 昭和63年3月20日午後2時6分

所 県立○○病院

生きて欲しくても生きられない生があるというのが現実です。

僕はそれを今でも重く受け止めるしかないのです。
泣いたからといって、いなくなった者は決して元には戻ってくれません。

だからこそ、いまこの瞬間、かつてあった瞬間が・・・
どんなに大切か?

生命のある意味を定義できるほど、僕は利口ではありません。

ただ、その後に生まれてくれた、健康優良児の代表みたいな娘二人と
きっと、独りで悲しみや苦しさを乗り越えてくれた奥さんに対して・・・
ありがとう!今でも居てくれて!という思いでいつもいることは確かなのです。
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